東京高等裁判所 平成11年(行ケ)342号 判決
原告 河本孝
右訴訟代理人弁護士 田川俊一
被告 高等海難審判庁長官 小西二夫
右指定代理人 原道子
同 白井ときわ
同 伊藤實
同 川本豊
同 福島正人
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求める裁判
一 原告
1 高等海難審判庁(以下「審判庁」という。)が同庁平成九年第二審第二九号旅客船第拾青丸プレジャーボート伊東衝突事件につき、平成一一年九月三〇日原告に対して言い渡した裁決(以下「本件裁決」という。)の主文第二項を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文同旨
第二事案の概要
本件は、原告において、審判庁が旅客船第拾青丸(以下「青丸」という。)とプレジャーボート伊東(以下「伊東」という。)が衝突した事故(以下「本件衝突」及び「本件事故」という。)につき、原告を戒告するとした本件裁決の主文第二項の取消しを求めるものである。
争点は、(1) 本件事故の態様(本件衝突前の両船の位置、伊東の動静、衝突状況等)、(2) 本件事故に関し適用されるべき法令である。
一 前提事実
当事者間に争いのない事実、証拠(甲一ないし三、乙一五、一七、二二、二三)及び弁論の全趣旨によると、以下の前提事実が認められる。
1 本件事故の概要等
青丸は総トン数一五一・五一トン、全長三〇・二メートル、幅七メートルの旅客船で、平成七年九月一九日一二時三五分(時刻は二四時間制によって示す。以下本件事故発生当日に関しては日付の記載を省き時刻だけを表示する。)、船長である原告が操船に従事して愛媛県越智郡弓削町明神のフェリー発着場を出発し、広島県因島市土生港の土生桟橋に向かった。伊東は全長七・六八メートル、幅一・八五七メートルのプレジャーボートで、伊東一善(以下「一善」という。)一人が乗り組み、土生港内の長崎瀬戸で手釣りをしていた。土生港は港則法が適用される港である。
長崎瀬戸は南東から北西方向の長さ一海里程度、可航幅二〇〇ないし三〇〇メートルの狭い水道で青丸ほか同業他社のフェリー等が航行するところで、同瀬戸の北東側に位置する因島には大型船舶や曳船等が離着岸する日立造舶株式会社因島工場の造船所(以下「造船所」という。)の岸壁及びフェリー等が発着する土生桟橋等がある。
一二時四六分、長崎瀬戸において針路三〇二度(真方位による表示。以下同じ。)、速力八ノットで前進していた青丸の左舷側が伊東と衝突(本件衝突)して伊東が転覆し、一善は伊東の機関室内に閉じ込められ溺死するという本件事故が発生した。以上の位置関係等の概略は別紙参考図のとおりである。
2 本件裁決の要旨
本件裁決の主文第一項は「本件衝突は、青丸が動静監視不十分で、漂泊中の伊東を避けなかったことによって発生したが、伊東が、見張り不十分で、衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。」、同第二項は「受審人河本孝(原告)を戒告する。」というものである。本件裁決は前記衝突時刻、場所、青丸の針路及び速力等の事実を認定し、本件事故には海上衝突予防法(以下「予防法」という。)三九条が適用され、原告に衝突の主たる原因(主因)があると判断している。
二 原告の主張
1 本件事故の態様
原告は青丸の針路(正船首)の左二度、距離三五〇メートルの位置に初めて漂泊している伊東を視認(初認)し、青丸は右針路線上で伊東と衝突した。
伊東は衝突前に因島方向に向首しており、原告は青丸が前記針路で進行していたから伊東が移動しなければ青丸は伊東から七メートル程度離れて航過できると正当に判断していたが、伊東が機関を使用して前進したためその右舷側が青丸の左舷側に衝突した。伊東は衝突後青丸の船底をくぐって青丸船尾側に浮上したときも因島方向に向首しており、船首の方向がほぼ一回転することはないから伊東の右移動は明らかである。伊東の損傷はどれがいつ生じたかを特定できないから、損傷状況によって衝突舷は判断できない。
初認時における青丸の針路線と伊東の距離は一二・二メートルで青丸が速力八ノットで三五〇メートル進むには約一・四分(八五秒)を要し(したがって初認時刻は一二時四四・六分である。)、この間に伊東は約一二メートル移動したことになり(初認時の伊東の船首方位が一三五度で原告が視認したのが伊東の中央部であっても、伊東は約一・四分間に一一メートル強移動したことになる。)、この移動は当時の風潮流の影響によるものではない。なお、本件衝突は青丸が右舷側にいた幸丸を通り過ぎた後に発生した。
2 適用法令等
本件事故には港則法三五条が適用されるべきで、伊東は同条に違反して土生港内で漁ろうをし、しかも本件衝突の一・四分前に機関を使用して青丸の前路に進出してこれを妨害したために生じた。本件裁決は適用法令を誤り、伊東が漂泊中であったと事実を誤認して原因判断を誤っており、違法であるから取り消されるべきである。
一般に航路及びけい留施設の前面等は同条の「船舶交通の妨となる虞のある港内の場所」であり、現実に離着岸船が存在しなくともその可能性(抽象的危険)があればこの場所に当たる。本件事故現場はけい留施設である土生桟橋から三〇〇メートル弱(速力八ノットで着桟するまで一分半程度)、造船所岸壁から約八〇メートル沖合に位置しており、長崎瀬戸は船舶交通が輻輳する狭い水道で北に向け航行する船舶の可航幅は水道の中央から因島寄りの一〇〇メートル程度で航行に余裕はないから、本件衝突現場付近は航路及びけい留施設の前面等であって同条所定の場所に該当する。
同条は水域が狭く船舶交通が輻輳する港内における船舶交通の安全を図るためこれを妨げる抽象的危険のある漁ろうを禁止しており、漁業権が設定され日常的に漁ろう活動が認められていても当該漁ろうは同条によって制限を受けている。同条に違反して漁ろうをしている者は見張りを行い、航行中の他船が接近してきたときは船舶交通の安全のための動作(他船の交通の妨げとなるおそれのある漁ろうの解消動作、他船が安全に通行できるように十分広い水域を開けるという衝突回避動作)をとるべき注意義務がある。同条は航法規定ではないが、同条を遵守すれば衝突は回避されるのであるから、同条違反によって生ずべき船舶交通の妨げや衝突については違反者に結果回避義務がある。予防法三八条、三九条は条理というべき規定であって該当条文がない場合にのみ適用されるところ、禁止行為を明文で規定した港則法三五条があり伊東にはその禁止行為から生ずる結果回避義務が存するから、予防法の右各規定は適用の余地がない。
三 被告の主張
1 本件事故の態様
原告は青丸が針路三〇二度(正船首)、速力八ノットで航行中、本件衝突の一分半前に青丸の針路の僅か左(四五分程度すなわち一度未満であって二度ではない。)の位置に南東方向(一三五度)に向首して漂泊している伊東を初認したがそのまま進行し、青丸が伊東と幸丸との間を通過して青丸の左舷側が伊東の左舷側と衝突した。
伊東は機関によって移動しておらず、青丸の前路に進出していない。伊東が前路に進出したのであれば衝突舷は右舷側となるが、船体の損傷状況等からみても伊東の衝突舷は左舷側である。船舶は衝突時の双方の運動エネルギーによる強大な衝突荷重、衝突部位と衝突角度及び船体の重心位置により船首方向は大きく変動し、しかも本件衝突後伊東は青丸の船底に没入して船底との間で衝突が繰り返されており、伊東の浮上時と衝突前とで船首方向が同じとはいえない。伊東は機関を低速前進にし左舵一杯にしていたので本件衝突時に移動しようとしていた可能性はあるが、左舷側が衝突していること、その船首を一三五度から一二二度まで一三度の左転(青丸の針路の反方位までの左転。それ以上左転すると伊東の右舷側が衝突する。)に要する時間は数秒以下であり、当時は上げ潮の初期で潮流はほとんどなく南東風も風力二で影響は僅かであったから、伊東は依然漂泊状態であったことになる。
2 適用法令等
伊東は港則法上の漁ろうを行っていたが、同法所定の航法規定には適用法条がないので一般法というべき予防法の航法規定が適用されるところ、同法にも適用されるべき特別の定めはないから、本件事故には同法三八条及び三九条が適用され、航行中の動力船は漂泊中の船舶を避けるべきであるとの船員の常務によって律せられることになる。本件事故の主因は、原告が前路で漂泊中の伊東との衝突を避けるため十分な動静監視及び衝突回避措置を行うべき注意義務に違反して動静監視を怠り、衝突回避措置をとらずに進行したという職務上の過失行為にある(伊東が見張り不十分で衝突回避措置をとらなかったことも一因である。なお原告は青丸と伊東との衝突のおそれがあったことを認めているが、同法三四条による警告信号の吹鳴もしていない。)。
仮に伊東に港則法三五条違反があったとしても、同条は港内における航法その他運航に関する事項を規定したものではなく、同条違反は伊東に衝突回避の特別の義務を発生させたり原告の右注意義務を消滅させるものではない。
港則法三五条の「船舶交通の妨となる虞」があるというためには具体的危険の発生が必要であり、「港内の場所」は空間的要素のほか船舶の往来及び停泊の頻度その他の時間的要素をも考慮して具体的かつ個別的に判断されるべきである。土生港は漁業権が設定され、具体的危険を発生させないことを条件に日常的に漁ろう活動が認められており、船舶交通が著しく輻輳する特定港ではなく航路も設定されていなかった。当時長崎瀬戸においては造船所から離着岸する大型船舶や曳船等及び青丸の航行に支障を生ずるような他社のフェリー等はなく、釣り船も一〇隻程度に減少していた。青丸は同瀬戸に入り定針してからは直進しており、右釣り船群の北西端に位置していた伊東だけを避ければ土生桟橋に向かうことに何の支障もなかった(現に本件事故後青丸は右回頭してUターンし伊東の救助に向かっており、造船所岸壁側に回頭もできる十分な余地があった。)。また青丸の当時の喫水は二メートルで本件衝突現場付近における可航幅は三〇〇メートルであったから、青丸は強いて伊東とその付近に漂泊していた幸丸との間を航行する必要はなく、伊東と幸丸の北東側又は南西側の水域を任意に選択して航行することができた。したがってその本件事故が発生した海域は同条所定の場所に該当せず、伊東の漁ろう形態も青丸の通航を妨げるようなみだりな漁ろうにも当たらない。
第三証拠関係
本件訴訟記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四当裁判所の判断
一 事実認定
前提事実及び証拠(甲一ないし三、六、九ないし一一、乙二ないし七、一一、一二、一四ないし一七、一九、二一ないし二三)並びに弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。
1 青丸は弓削汽船株式会社が所有する総トン数一五一・五一トン、全長三〇・二メートル、幅七メートル、最大旋回圏約四〇メートルで、船首部分に自動車乗降用のランプゲート(長さ六・九メートル、幅四・四メートル)を備え、船橋が船体中央やや船尾寄り(操舵室前壁と船首端の距離は一五・六メートル)にある出力二二〇キロワットのディーゼル機関の旅客船兼自動車渡船であり、平成四年九月以降原告が船長として乗務し、愛媛県越智郡弓削町明神と広島県因島市土生港の土生桟橋とを一時間に二往復(片道十数分の所要時間で、明神始発は午前六時一五分)する定期航路に就航していた。
青丸は原告と他の乗員二名、旅客六名及び乗用車二台を乗せ、喫水が船首〇・八メートル、船尾二メートルの状態で、定刻の一二時三五分に明神のフェリー発着場を出て土生桟橋に向かった。原告は出航後船橋中央の操舵スタンド後方に立って単独で操船及び見張りをし、一二時四三分少し前ころ、因島天狗山山頂三角点から一七〇度、一三七〇メートルの地点の長崎瀬戸内において針路三〇二度に定針(針路を固定すること)し、全速の速力八ノット(時速一四・八一六キロメートル、秒速約四・一一六メートル)で前進していた。
2 長崎瀬戸は港則法の適用される土生港内にあり、北東側に位置する因島には大型船舶や曳船等が離着岸する造船所の岸壁及びフェリー等が発着する土生桟橋等があるが、土生港は同法三条、同法施行令二条の特定港とはされておらず、航路の設定もない一方、因島市漁業協同組合のたこつぼ漁等九種類の漁業権が設定されて同組合の一八〇隻の船舶が土生港内で操業に従事しており、釣り船等を含めた漁ろう(広く水産や動植物の採捕行為をいい、港則法三五条の漁ろうはこれと同義であるが、予防法三条四項は「この法律において「漁ろうに従事している船舶」とは、船舶の操縦性能を制限する網、なわその他の漁具を用いて漁ろうをしている船舶(操縦性能制限船に該当するものを除く。)をいう。」と規定しているから、後記のように手釣りをしていた伊東は予防法上の漁ろうをしていたことにならない。)が日常的に行われていた。
長崎瀬戸は土生港内の因島と生名島との間に南東から北西方向に延びる長さ一海里(一八五二メートル)程度、可航幅二〇〇ないし三〇〇メートルの狭い水道であり(ただし前記青丸の喫水からすると本件事故現場付近における当時の青丸の可航幅は三〇〇メートル程度であったと推認される。)、青丸ほか同業他社のフェリー等が航行するところで、時期又は時間帯によっては釣り船が多数集まる海域である。しかし本件衝突当時、造船所から離着岸する大型船舶や曳船等はなく、青丸の航行に支障を生ずるような他社のフェリー等もなく、午前中には五〇隻程度あった釣り船も一〇隻程度に減少しており、青丸は前記定針後は針路変更することなく直進していた。また当時の天候は晴で風力二(秒速一・六以上三・四メートル未満)の弱い南東風があり、上げ潮の初期の段階であった。
3 伊東は一善が所有する全長七・六八メートル、幅一・八五七メートル(最大幅二・〇四メートル)の出力三三キロワットのディーゼル機関を備えたFRP(強化プラスチック)製プレジャーボートで機関室はその中央付近にあり、一善が一人で乗り組んで前記一〇隻程度の釣り船の北西端に位置し、船首を南東、すなわち一三五度の方向に向け、船尾マストに白色のスパンカー(潮帆又は三角帆。船首を風上に向け船体への風圧を少なくするため船尾に立てる。)を立て、一善が右舷船尾付近に座って手釣りをしながら、本件衝突の一分半前に青丸の針路の左一度程度の距離三五〇メートルの地点に漂泊していた。
砂原幸男(以下「砂原」という。)は一人で幸丸に乗り組み、伊東の南東側(造船所岸壁の沖合約五〇メートル)で南東方向に向首して釣をしていたが、本件衝突直前の時点で伊東は幸丸の右舷後方(時計でいうと二〇分ないし二五分の方向)の三〇ないし四〇メートルに位置し、幸丸と同じ方向に向首している状態を見た。
4 原告は前記状態の伊東を初認したが、そのまま針路三〇二度、速力八ノットで青丸を進行させた。青丸は伊東と幸丸との間を通過し、幸丸の右舷側約一五メートルを通過した直後の一二時四六分、長崎瀬戸の因島天狗山山頂三角点から二〇五度、一〇三〇メートルの地点において、青丸の左舷側が伊東の左舷側に衝突(本件衝突)した。
一善は青丸が幸丸を通り過ぎるころ「おーい」と大きな声をあげ、その後も「こらー」と計三回大声を出したが、原告はこれに気付かなかった。砂原はこれらの声を聞き、更にその僅か何秒か後に衝突音を聞いて伊東の方を見たところ、伊東のスパンカーが直ぐに見えなくなった。
伊東は本件衝突によって転覆してから青丸の船底にも衝突した後、船首を土生桟橋の方向に向けた状態で浮上していた。
青丸は伊東との本件衝突直前に機関を後進にかけていたが、衝突後伊東が浮上してから再前進し右回頭でUターンして伊東に近づき、甲板員が海に入って一善を捜したが発見できなかった。その後伊東は船体を元に戻して浅瀬に曳航され、一善は本件衝突の約三〇分後に伊東の機関室内で発見され病院に運ばれたが、溺死していた。
5 尾道海上保安部は、原告を被疑者とする業務上過失致死等被疑事件につき伊東及び青丸の損傷状況等を明らかにするため、平成七年九月二〇日両船に対する実況見分を行った。なお、青丸の船体はほぼ水線付近を境に上部は青色、下部は赤錆色に塗装されており、伊東の船体に付着していた塗料(後記(一)<5><6>)は青丸の塗料であると推認される。また前記被疑事件は平成九年一一月二五日に不起訴処分で終局した。
(一) 実況見分によって確認された伊東の主な損傷は次のとおりである。
船内については、<1>船首部かんぬき左舷側に設置されたステンレス製綱止めが根づけ部から右舷船尾方向に曲損し、<2>両舷ブルワーク(舷しょう。上甲板に波が上がるのを防ぐため外舷に沿って設けた囲い。)に三本ずつ設置されたオーニング(日覆い用天幕)用支柱のうち左舷舶首部のものが右舷船尾方向に、左舷中央部のものが右舷方向真横にそれぞれ曲損し、左舷船尾部のものがブルワーク上縁とともに脱落し、右舷船首部及び同中央部のものがいずれも船首側に向け曲損し、右舷船尾部のものは根づけ部から脱落し、<3>幅一二センチメートルの左舷ブルワーク上縁材は船首から一・六メートルないし三・六五メートルの部分が離脱し、そこから船尾側三・三五メートルは脱落し、<4>この左舷ブルワーク上縁材脱落部下の甲板部に長さ二・一五メートルの亀裂があり、<5>船尾中央部の外径五・六センチメートル、高さ三七センチメートルのステンレス製支柱筒にはめ込まれた外径五センチメートルのアルミ合金製帆柱は支柱筒上縁五センチメートルの箇所で折損し、折損した残部の帆柱(長さ三・八五メートル)にはスパンカーが取り付けられており、帆柱上端の円形灯台座の円周に正船首方向から左舷方向に長さ六センチメートルにわたり上方に最大一センチメートル曲損して青色塗料が付着しており、また折れた帆柱を折損面で合わせると右舷船尾方向に傾斜する形となった。
船体外板の左舷側については、<6>船首先端から七〇センチメートル、船底から一・〇五メートルの箇所を始点として船尾方向に長さ四センチメートル、最大幅八ミリメートルの範囲、同先端から一メートル、船底から九六センチメートルの箇所を始点として船尾方向に長さ九センチメートル、最大幅一センチメートルの範囲にそれぞれ青色塗料が付着し、同先端から二メートル、船底から九三センチメートルの箇所を始点として船尾方向に三〇センチメートルの亀裂、同先端から二・八五メートル、舶底から八五センチメートルの箇所を始点として船尾方向に長さ五〇センチメートルの亀裂とその亀裂中央付近から船尾方向に長さ二五センチメートルの亀裂があってそれらの亀裂付近に赤錆色塗料が付着し、同先端から二・八五メートル、船底から五七センチメートルの箇所を始点として船尾方向に長さ三・六メートルの範囲に連続した擦過傷、亀裂があって赤錆色塗料の付着があり、同先端から五・三五メートル、船底から八二センチメートルの箇所を始点として船尾方向に七〇センチメートルの亀裂があってその亀裂付近に赤錆色塗料が付着している。
船体外板の右舷側については、<7>船首先端から一・六メートル、船底から三一センチメートルの箇所を始点として船尾方向に長さ一七センチメートル、最大幅三センチメートルの擦過傷、同先端から二・五五メートル、船底から二七センチメートルの箇所を始点として船尾方向に長さ三五センチメートル、最大幅二センチメートルの擦過傷、同先端から四・二メートル、船底から二三センチメートルの箇所を始点として船尾方向に長さ三二センチメートル、最大幅三センチメートルの擦過傷、同先端から五・八メートル、船底から二五センチメートルの箇所を始点として船尾方向に長さ二二センチメートル、幅二センチメートルの擦過傷があって、それぞれ塗膜が剥離し外板地肌が露出しており、同先端から四・八メートル、船底から三七センチメートルの箇所を始点として船尾方向に長さ五一センチメートル、最大幅一二センチメートルの破口がある。
船底については、<8>キール部に五箇所の擦過傷と塗膜剥離が生じている。
なお伊東の主機関操縦装置及び制御装置に関しては、<9>機関室上部右舷側後面壁部にある主機関遠隔操縦装置のうち増減速レバーはL(低速)付近に、クラッチ切換レバーはAHEAD(前進)に、主機関微速調整用のクラッチスリップレバーはLの方向にそれぞれ倒され、同船尾左舷側にある機関制御盤の始動スイッチには始動キーがOFFの位置に差し込まれ、制御盤下部の電源スイッチはONとなっている。
(二) また青丸の損傷は左舷船首防舷帯及び左舷船首部のランプゲート下に生じており、船体中央から一・二五メートル、全通甲板下方九〇センチメートルの位置から左舷側斜め水面方向に長さ一・四五メートルまで筋状の塗料剥離を伴う擦過痕、同中央から二メートル、同甲板下方三五センチメートルの位置から同方向に長さ二・三メートルまで最大三センチメートルの塗料剥離を伴う擦過痕、同中央から二・七一メートル、水面上一・五三メートルの位置の防舷帯に水面方向に一五センチメートルの塗料剥離を伴う鉄板の地肌が一部新しい擦過痕が生じ、ランプゲート下部に外板防護用として左右対称に五本ずつ取り付けられた直径約六センチメートルの半丸バーのうち船首中央から左舷側の五本全部に塗料剥離(うち船首寄り四本には発錆がない。)があり、外板の一部に塗料剥離と凹損があった。
二 本件事故の態様等に対する判断
1 以上認定の事実によると、本件事故は原告が青丸を針路三〇二度、速力八ノットで航行中、本件衝突の約一分半前に青丸の針路(正船首)の僅か左方の距離三五〇メートルの位置に一三五度に向首して漂泊している伊東を初認しながらそのまま進行し、青丸が伊東と幸丸との間を通過して青丸の左舷側が伊東の左舷側と衝突したものであると認められる。
2 原告の主張について
原告は初認時における伊東との距離が三五〇メートルであったこと、その時点で伊東は漂泊していたこと及び本件衝突における青丸の衝突舷は左舷側であることを認めるが、伊東は初認時に青丸の針路(正船首)の左二度の位置で因島方向に向首しており、本件衝突直前に機関を使用して移動し青丸の前路に進出した等と主張し、原告の陳述等(甲三の実況見分時の指示説明、甲一〇、一一、乙二、五、七、)にはこれにそう部分がある。
(一) しかし、前記事実認定の証拠のうち砂原の陳述等(甲九、乙三、六、一六)はそれ自体一貫しているのみならず、同人は本件衝突以前から親戚でもある一善が乗り組んで手釣りをしている伊東の存在を認識していること及び元船員であって自ら幸丸を所有して長崎瀬戸で潮の流れ等を見ながら釣をしていた者であること等からして、十分に信用できるものである(原告もその信用性を争っていない。)のに対し、右認定に反する原告の陳述等は初認時の距離について各陳述間に大きな相違があることなどのほか後記のように不合理な点があり、これを信用することはできないものである。
(二) まず、原告の初認時及び本件衝突直前の伊東の船首の方向の点であるが、後記伊東の衝突舷の点に加え、一善はスパンカーを立てた伊東を漂泊させながらその右舷後部に座って手釣りをしており、当時は風力二の南東風が吹いていたが満ち潮の初期の段階で潮流はほとんどなかったことからすれば、砂原の陳述等のとおり本件衝突の直前においても青丸接近に気づいていなかった(このことは一善が本件衝突直前に大声を出していたことからも容易に推認される。)一善が伊東を幸丸と同様に風上の南東に向首させていたことは自然で合理的であるといえる反面、原告の陳述等のように因島方向に向首して漂泊しながら手釣りをしていたとすることに合理的理由を見出すことはできず、右原告の陳述等は採用できない。
(三) 次に初認時における青丸の正船首からみた伊東の角度の点については、前記認定の本件衝突直前に砂原が伊東を見た際の伊東と幸丸の位置関係(時計でいうと伊東は幸丸の船首方向を〇分として二〇分ないし二五分の方向で両船の距離が三〇ないし四〇メートル)、青丸が幸丸の右舷側を通過した際の青丸と幸丸との距離(約一五メートル)及び現に青丸の針路線上で本件衝突が生じており後記のように伊東の前路進出の事実も認められないことからすると、原告の初認時における青丸の針路線から伊東の船体までの最短距離は青丸の船幅の二分の一である三・五メートル未満であることになり、したがって初認時の青丸から伊東までの距離三五〇メートルからすると初認時における伊東の位置は青丸の針路(正船首)の左一度程度であると計算され、これを左方二度とすべき根拠はない。
(四) 伊東の衝突舷の点は、伊東の左舷側が青丸の左舷側と衝突したとした場合に前記一5(一)<1>ないし<8>に認定の伊東の損傷状況との間に矛盾点を見出すことはできないのに対し、伊東の右舷側が衝突したのであれば各損傷の状況(損傷の形状や屈曲等の方向性)につき合理的な説明をすることは困難である(原告主張の青丸の船底との衝突による複雑な動きによって右損傷状況が発生し得るとする証拠はなく、右主張は本件衝突前と浮上後の伊東の船首方向は同じであるとの主張とも整合しない。)。
(五) 伊東の前路進出の点は、右(三)(四)に加え、前記一5(一)<9>の伊東の主機関操縦装置及び制御装置の設定状況(これが本件衝突時のものと相違するとすべき証拠はない。)からすれば、本件衝突前に一善が機関室に入り右装置を操作して伊東を移動させようとしていた可能性がある。しかし、一善が機関室に入ってから大声を出したのであればその声が砂原にまで聞こえたとは考え難く、したがって一善は機関室外で大声を出した後に機関室に入って右装置を操作したものと推認され、そうすると伊東に現実に機関の使用による行き足が生じていた(移動が生じていた。)可能性は乏しいし、行き足が生じていたとしても、一善が従前南東に向首していた伊東を青丸の針路線から遠ざけるためにそのまま発進させずにあえて青丸との衝突を招来することになる因島方向に船首を転じ、青丸の前路に進出するとは到底考えられない。
したがって、原告の右主張はいずれも採用できない。
三 本件事故の原因及び本件裁決の適否に対する判断
1 前記認定の事実によると、本件衝突は、一善が伊東において手釣りをしていて十分な見張りをせず青丸との衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因ではあるが、青丸の操船に従事していた原告が伊東の動静監視を十分に行わず漂泊中の伊東を避けなかったという過失がより大きな要因(主因)となって発生したものであるというべきである。
2 原告の主張について
原告は一般に航路やけい留施設の前面等は港則法三五条の「船舶交通の妨となる虞のある港内の場所」であって現実に離着岸船が存在しなくともその可能性(抽象的危険)があれば右場所に当たるとし、けい留施設である土生桟橋及び造船所岸壁に近く右場所に該当する本件事故現場において一善は同条に違反してみだりに漁ろうを行っていたのであるから船舶交通の安全のための動作をとるべき注意義務があり、原告に予防法三八条、三九条の適用の余地はない旨主張する。
(一) しかし、長崎瀬戸は航路の指定のない水道であるし、土生桟橋及び造船所岸壁がけい留施設に当たるとしてもそのことから直ちに本件事故現場が船舶の航行の有無などにかかわらず港則法三五条所定の場所に該当するとはいえない。そして前記のとおり本件衝突当時、同瀬戸においては造船所から離着岸する大型船舶や曳船等及び青丸の航行に支障を生ずるような他社のフェリー等もなく、釣り船も一〇隻程度に減少しており、青丸は同瀬戸内で定針してから直進できただけではなく、本件衝突後青丸が右回頭でUターンしていて造船所岸壁側にも伊東を避けて航行するのに十分な余地があったことは明らかである。また原告は本件衝突時に青丸は土生桟橋への着桟スタンバイの状態であったとする一方、伊東をかわした後にいったん左方に膨らむような形に進路を変えて着桟しようと考えていたが具体的に着桟のための行動はとっていなかったとも陳述しているのであって、進路変更に支障があったということもできない。これらのことからすると本件事故当時において伊東が漂泊していた場所が同条所定の場所に該当するということはできず、一善が伊東でみだりに漁ろうをしていたということもできない。
(二) また土生港は船舶交通の安全と港内の整とんを目的とする港則法の適用港であり、同法三五条は漁業権に基づくものであるか否かにかかわらず漁ろう一般を禁止しているものでないことはその規定から明らかである。したがって、仮に伊東が同条に違反する形態で漁ろうをしていたとすべきであるとしても、同条を根拠として航行中の船と漁ろう中の船には一義的な優劣関係があるとし、漁ろう中の船の側は常に見張りを行い航行中の船が接近してきたときは一方的に衝突回避動作をとらなければならず、他方、航行中の船の側には衝突回避の措置をとるべき義務が生じないと解することはできない。船舶は衝突を避けるため所定の航法等を遵守するのは当然であるが、同条は航法を規定したものではなく、一善が伊東で行っていた手釣りは予防法三条四項所定の漁ろうには該当しないから青丸にも同法九条三項、一八条一項三号ほかに定められる航法規定も適用される余地はない。
そして同法三九条は船員の常務として必要な注意をすることを怠ることによって生じた結果について船長及び海員の責任を免除するものでないことを明らかにしているが、船員の常務とは船員としての通常の慣行、知識及び経験からみて必要とされる注意を意味するところ、航行中の動力船である青丸が漂泊中の伊東の動静監視を十分に行い伊東との衝突を避けるための措置をとることが船員の常務に含まれることは明らかであり、本件裁決が同条に基づいて原告の注意義務違反を判断したことは相当である。
したがって、原告の右主張はいずれも採用できない。
四 以上によると、本件事故は原告の過失が大きな要因となって発生し、しかも一善の死亡という重大な結果を惹起したものであって、原告を戒告するとした本件裁決は相当であり、これを取り消すべき違法はないことになる。
第五結論
よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 新村正人 裁判官 宮岡章 裁判官 笠井勝彦)
参考図<省略>